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2006年05月30日

シューベルト(作曲家シリーズその2)

シューベルトは、昔から交響曲“グレート”は好きでしたが、一気にはまったのはごく最近、わずかここ数年のことです。
きっかけはリヒテルのCDとの出会いでした。
たまたま買ったグリーグの“叙情小品集”が、ため息の出るほど良いものだったので、続いてシューベルトのピアノ・ソナタ13/14番を購入したのです。これがまた、実に見事なものでした。

シューベルトの晩年の作品は、死期を悟ったがごとき透明感に貫かれたものばかりです。後のものほどその傾向は強まり、最後のピアノ・ソナタ21番は、もうほとんどすべてを悟り尽くした感もあって、これと比べるとマーラーの交響曲第9番ですら見苦しく最後の悪あがきをしているように思えるほどです(マーラーはマーラーで、もちろん良いのだが)。

それはとてつもない優しさと、途方もない寂しさ。絶望した人間はここまでの境地に達することさえできるものなのか、ということを教えてくれます。

13番はそこまでには至っていないけれども、十分に優しくて繊細で、同じような息の長い歌に満ちています。まだ、生への望みが捨てられていない。
21番は見事な作品ではあるが、見事すぎるというか、その世界に触れるのはほどほどにしておかないと、こちらの身がもちません。それほどにシューベルトの絶望の淵は深い。日常的に気軽に接することはできないのです。たまに、精神的に落ち込んだときに聴くと、返って立ち直るきっかけになることはあるのですが(「自分はここまでひどい目にあってはいない」ということかもしれない)。
13番なら、それほど構えずに聴くことができ、心安らかにしてくれます。癒されるとはこういうことでしょう。

ほかに弦楽四重奏曲“死と乙女”も大好きな曲です。作品としては名前ほどおどろおどろしくはなく、暗い影は付きまとうものの、深い闇の底に吸い込まれる心配はありません。シューベルトらしい美しい歌心と、何かに突き動かされるような切迫感が強い印象を残します。

弦楽五重奏曲もすばらしい。フィッツウィリアムというすでに解散した弦楽四重奏団の演奏したCDしか持っていませんが、まるで交響曲のようなスケールの大きい独特の演奏です。ウィーン風といわれるおっとりゆったりした雰囲気は微塵もなく、全体的に荒っぽいけれども、結構気に入っています。こういった構えの大きな演奏で、もっと繊細さも併せ持つようなものはないでしょうか。

投稿者 clad : 2006年05月30日 23:11

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