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2007年05月28日

…といっても、ラヴェルのピアノ曲の話にはならず。

今日は日記のネタもうまくまとまらないし、眠いからと寝支度に洗面台に向かう。
ふと鏡を見ると、なんと鼻の頭の皮膚が剥けていた!

鏡よ鏡、大事なことを教えてくれてありがとう。おかげで恥をかかずに済みました。

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2007年05月27日

ベランダでスコッチを

強い酒の味を覚えたのは学生時代、下北沢の安い店で飲んだバーボンからだった。ハーパーやローゼス、ターキーなどをストレートで呷っては喉を焼いて喜んでいた(今思えばその程度の飲み方しかしていなかった)。一方で付き合いの宴会で飲みたくないのに飲まされる国産ウィスキーの水割りには最後まで馴染めず、悪酔いの思い出しかない。当時はまだ若造で、先輩の強引な誘いを断れなかった。

やがてバーボンに飽きてきて、ジンなどのスピリッツに進みかけるが、味や香りを二の次にしてアルコールの強さばかりを求めるのにも限界を感じ、スコッチに移行したのが15年ほど前だったか。
最初はオールドパーやグレンフィディックから入ったような記憶があるが、大して酒の味にうるさいわけでもないのに、すぐにシングルモルトにこだわるようになった。この辺がマニア的な体質を如実に示している。
当時、好きでよく飲んだのはマッカランか。

そのあたりでやめておけばいいものを、ついつい極端に走る悪い癖が出て、ボウモア何ぞに手を出した。最初のうちこそそのスモーキーな味わいに痺れて、病みつきになったような気がしたのだが、やがてあまりのアクの強さにとうとう飽きが来て、スコッチ自体にもなんとなく嫌気が差し、爾来すっかり遠ざかってしまった。

ここ数年は、蒸留酒といえば焼酎一本やりだった。15年ほど前の沖縄旅行で泡盛の味を覚えたのがきっかけで、芋焼酎を知ってからは10年にも満たないのだが、その後は現在に至るまで冬は芋のお湯割り、夏は泡盛をロックでやるのが定番コースである。ちなみに、ビールやワインといった醸造酒はまったく別カテゴリーなので、その間に身体が日本酒を受け付けなくなったりといった変化があったが、これらの蒸留酒の変遷とは一切連動していない。

昨年だったか、芋焼酎が空いて、買い置きがなかったか探しているときに、偶然見つけたのが未開封のオールドパーだった。多分ずっと昔に実家でもらったのだろう、自分ではまず買うことはないから。もらったっきり忘れ去られていたのだ。
試しにグラスに注いでみて、拡がった香りに思わず頬が緩んだ。旧友に再会したようなものだ。

以前だったら酒の量に対して、水はその3分の1ほどしか入れなかった。今はその比率は逆転している。飲み方もユルい方向にシフトしたわけだ。
昨夜は風呂上りにベランダに出て、涼みながらゆっくりと口に含んでは楽しんだ。春や秋はこれで行こう。そんなことを考えながら。

でも、次に買うとしたらマッカランかな。

昨夜のベランダ。日焼けで熱をもった両腕に熱さまシート(しかも子供用)が貼られていたのは内緒である。

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2007年05月26日

サンダル、履いてたでしょ?

この時期に運動会をやるのは、晴天率の問題から理解はできるが、気温も上がれば紫外線も強く、時々気分の悪くなった子を先生が日陰で休ませる姿が見受けられた。
子供たちだけでなく観ているほうも結構疲れる。

DSC01116.JPG

足にまで日焼け止めを塗ろうなんて考えてもみなかった私が甘うござんした。

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2007年05月22日

音出し…8B8ロフティン・ホワイト

夜中だったため小音量ではあったが、居間のメインスピーカーにつないでちょっとだけ音出しをしてみた。
初めての小型アンプだけにハムはある(しかも今回は、試しにシールド線を使わないで配線してみた)のだが、音自体は歪感も変な癖もなく、素直な感じの良いものだった。
まだ無帰還状態。この先、調整のし甲斐がありそうだ。

ちなみに某掲示板で教えてもらったカメラータのシューベルトの八重奏曲のCDをかけたら、メインで使っている2A3のアンプの音色上の問題があぶりだされてしまった。いつもならクラリネットやホルンに変な金属的な響きが載るのだが、この8B8ではそんな音はせず、ごく自然に鳴るのである。録音のせいではなかったのか…。これは初段に使っているOSコンの癖かもしれない。
今回の8B8では、当初OSコンを使っていたが、途中でソリッドタンタルに付け替えた。オーディオ用でもなんでもない一般品で、特に問題はなさそうだが、もちろんこの部分にも調整の余地はある。

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2007年05月21日

転倒、ドリル、筋肉痛、そしてマーラー

アンプの作業が順調に進んだのは良いが、この筋肉痛はどうしたことか。確かに昨日もハンドドリルでの穴あけ作業は行ったが、大した労働ではない。前回のほうが作業量は多かったのに、上半身を中心としたこの全身のだるさと痛みは今回だけだ。

これはやはり、土曜日の事故が影響しているに違いない。
実は入浴中、浴槽から立ち上がって右足を一歩踏み出したときに、その右足を滑らせて転倒してしまったのだ。背中をドアノブに激しく打ちつけた。左足の内股も浴槽のふちで打ったはずだが、こちらはもうどうということはない。しかし背中のほうは、今も内出血がくっきりと残る。触ればもちろん痛い。

それでも昨日は、さほどダメージが残っていないように感じていたし、だからこそアンプ作りも諧調に進んだ。それが今日になって顕在化してくるなんて。認めたくないものだな、己の加齢ゆえの衰えというものは。

前日から当日朝にかけて、聴いて印象に残った音楽が、いつまでも頭から離れずに一日中固定観念のように脳内で繰り返し鳴り続けるという経験は、きっと多くの方がお持ちだろうと思う。私の場合も毎日ではないのだが、ちょくちょくこの現象には出くわす。
品川駅から職場に向けて、重い身体を引きずるように歩いているとき、ふと頭に浮かんだのはマーラーの交響曲第9番、しかも第4楽章だった。この爽快な気候に全く不似合いな曲が、何で唐突に頭の中で朗々と鳴り響いたのかというと、筋肉の悲鳴がきっかけだったとしか思われない。
これと、朝のJ-WAVEでたまたま流れていた『道化師』のアリア【仮面をつけろ】という、これまた重くて暗い曲が入れ替わり立ち代り脳内を流れてくる。これはたまらんと、あえてこれらの曲の効果を打ち消そうと脳内演奏を始めたハイドンの『ひばり』が加わり、さながら“脳内音楽バトルロイヤル”といった趣の5月の朝であった。

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組みあがり…8B8ロフティン・ホワイト

エレキット対抗との噂もある? 8B8の3結シングルアンプをとりあえず組み終えた。
深夜なので音出しはできないが、バラック状態で各部の電圧に異常がないことはわかっているので、たぶん音は普通に出るはず。というわけでいったんシャーシもフタを閉じてネジ止めしてしまい、外観完成状態を眺めながら悦に入る(笑)。通電状態ではこんな感じ。DSC01094.JPG

シャーシはオークションで落札したが、穴あけはハンドドリルとニブラーだけですべて行った。文字通り手をかけて作ったわけで、お手軽なキットよりは愛着も深いはずだ(キットを作ったことがないので断言はできないが)。
さて、どんな音を鳴らしてくれるか。

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2007年05月15日

ホタル族

ベランダでタバコを吸う人をホタル族というそうだが、CLADはタバコは吸わない。しかし、昨晩はホタル族の仲間入りをした。
なぞかけの答えはこれである。爺むさいと嗤うなかれ。

加齢とともにそうなったのか、時折関節が痛んだりすることがある。かかりつけの整形外科医によると、そのまま放置しても自然に治癒するのは20台までだそうだ。自分の身体のメンテナンスにそれなりに気を配るのは当たり前なのだ。

最近、地元にいい鍼灸院を見つけ、夫婦で通うようになった。といっても不定期だが。そこで薦められたのがせんねん灸だった。もぐさを丸める手間も要らず、我慢しすぎてやけどをする恐れも少ない。
それでも室内で使うと臭いが部屋にこもる。ちょうど気候も良いので、夕涼みがてらのにわかホタル族となった。

我が家の正面には借庭よろしく小さな公園があるのだが、そのためか土の匂いが割合に濃厚で、休暇で出かけた田舎を想い出させてくれる。
風もなく、煙がゆっくりと隣に流れていった。お隣さんは本物のホタル族なので、お互い様である。

もっとも、ホタルになる前は、スプレーでアンプのシャーシの塗装を少しやっていた。こちらの溶剤の臭いは少し迷惑だったかも。今度からはもう少し風のある日にやることにしよう。

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2007年05月14日

つれづれ

連休明けの先週は、気温が急激に上昇したこともあって体調がイマイチだった。土曜日は溜まっていた家事を片付けた上、娘のメガネの受け取りとか塾の保護者会とかで忙しく、日曜日はもっぱら休養に充てた。

何かをやったといえるのはゴーヤの種まきと、アンプのシャーシの加工である。

昼過ぎに自転車で家を出て、古本をブックオフに査定に出し、薬局で買い物、次いで農協に足を伸ばして少々の野菜と土を買う。日曜午後ともなると地場の野菜はほとんど売り切れ状態で、かろうじて蕗をゲット。それに、前日に成城で買っておいたチーズとあわせるためのジャガイモを少々。14キロの土をかごに載せ、ふらふらしながら家に帰る。

土をプランターに足し、ゴーヤの種を軽く埋め込んでいく。これで3週間は放置だ。こいつら本当に芽が出るのか、と思い出してからさらにまだ待たされるのだ。そんなのんびりペースでも盛夏には葉が生い茂って窓一面を覆い隠すほどになる。

夕方、暗くなる前のバルコニーにハンドドリル一式を持ち出し、あらかじめ用意した図面に合わせてカッターで傷をつけておいた通りに、アルミのシャーシに穴を開けていく。暑からず寒からずで作業中も快適ではかどる。ちょうど日没とともに作業終了。

入浴も夕食も済み、22時を回ると家族は寝室に。
丸穴はハンドドリルだが、角穴はハンドニブラという、爪切りの親玉みたいなツールでパチンパチンと切っていく。使うのは初めてだったが予想したほど手も痛まず気に入る。9割がたの加工は済んだ。一仕事終えた満足感とともに就寝。

こうしてみると、日がなごろごろしていたわけでもない。まずまずの週末だったというところか。

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2007年05月06日

土いじり

ここ数年、GWはベランダのプランターにゴーヤの種を蒔くのが恒例となっている。本人はそう記憶しているのだが、女房によると1~2週遅れになることもあったらしい。
種を蒔くだけなら造作もないが、その前のプランターに土を入れる準備作業が面倒で、今年は今日まで手をつけなかった。当然だが蒔くには時期というものがあり、そうそうのんびりとは構えていられない。雨で涼しかったこともあり、ようやく重い腰を上げた次第。
まず、プランターに入ったまま乾いて固まった土を掘り起こし、ふるいにかけて小石やゴミを除去する。続いて空になったプランターの底にその小石混じりのゴミを薄く敷く。その上に、肥料と混ぜた土を戻してやる。プランター3つ分だから結構な分量だ。

昨年は、肥料としては堆肥だけで有機農法を気取ってみた。ところがその堆肥にコガネムシの卵が混じっていたらしく、プランターの1つで幼虫が大発生してしまった。これはゴーヤの根っこを食い荒らす。おかげでどうも繁茂の勢いがなかった。

今年はその教訓を活かし、堆肥の新規購入はせず、去年の残りを使い、慎重に幼虫をより分けて除去したものを使用した。卵のまま越年することはないだろう。
結果的に堆肥が少なめで、100円ショップで買った肥料(!)を混ぜても土が少なめだ。次の週末に土を買ってきて足すまで、種蒔きはお預けだ。やはりGWには終わらなかった。

GWに終わらなかったといえばもう一つ、自分の作業部屋用のミニアンプもそうだ。自分の専用スペースでも音楽は聴きたい。尤もこちらは、同時に買って箱に取り付ける予定だったスピーカーユニットがずっと品切れで入手できておらず、出来上がっても鳴らすものがないので、本当は急いで作りたいのに、急ぐ意味がないのだった。

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2007年05月05日

遭遇

儀父母と、義理の姉夫婦が子供づれで来訪。ベトナム料理店での昼食会の後、狛江駅近くの泉龍寺(※)を散策することになり、弁天池のそばの遊歩道を歩いていたときのこと。道端の草むらの中に、それはいた。まさに手を伸ばせば届きそうな距離であった。
鎌首をもたげてこちらを向いていた時間は長く感じられたものの、後から考えればほんの数秒だったと思われる。義兄が焚いたフラッシュに驚いた様子もなく、悠然と茂みの奥へと姿を消したのだった。金網のフェンスが立ちはだかり、後を追うことはかなわなかった。
駅から徒歩一分以内の場所での出来事である。狛江、恐るべし。

※泉龍寺は古刹も古刹、天平時代の開闢といわれる。狛江はその頃から人里であった。ちなみに狛江の狛は「高麗」から来ているとされ、渡来人が住む、河に面した里を意味していたらしい。渡来人がいたということは、文化の先進地域であったということでもある。古墳も多く存在する狛江のすぐ隣は、ハイソで知られる成城だが、そんな新興住宅地とは格が違う、歴史と文化の街なのだ。

…だからなんだ、という突っ込みはご容赦ください。だから住んでいる、なんてわけもないし。

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2007年05月04日

那須への2泊3日

4月の28~30日で、那須高原へ。最近導入したカーナビの試運転も兼ねて、GWにもかかわらず敢えてクルマで出かける。実は、新幹線のチケットを取る暇がなかったのだが。
28日は所用があり、東京の自宅を出たのは夕暮れ時。首都高の謎の入り口閉鎖があり、乗ったら乗ったで渋滞に遭い、東京脱出にかなりの時間を要した。途中食事休憩を挟み、ペンションに着いたのは22時。カーナビの道案内にも困ったものだ。首都高の入り口まで案内しておきながら、乗ったとたんに渋滞と見るや出口を指示するのだ。新宿で降りたって、どうせどこかで首都高に入り直す必要がある。金に糸目をつけずに先を急ぐならそれでもいいかもしれないけどね。

ツインの部屋にエキストラベッドを入れてもらったので狭かったが、食事も上等で清潔、露天風呂も気持ちよくて上々の宿だった。

那須は初めてだったがなかなかいいところですな。子供連れでも楽しめる施設にも事欠かず、全体に裕福な感じがするものの、箱根のような妙にハイソなところや軽井沢のような取り澄ました雰囲気がなく、親しみやすい。基本的に涼しくて良い温泉があるところがお気に入りになる条件でもあり、これはリピートしそうだ。

29日は牧場で乗馬やら羊への餌やりやら釣堀やらで丸一日過ごす。アウトドアの楽しみがてんこ盛りの施設だが、釣堀は狭いし釣れないしで子供たちは期待外れの様子。CLADが2匹釣り上げた虹鱒を炭火で焼いて、特性ピロシキ(ペロシキ、と呼ぶのだそうな)とともに遅い昼飯。

30日はトリックアートで楽しんだ後、食事をしてから、立ち寄り湯をパスして早めに高速へ。事故渋滞があったほか、自然渋滞の気配が漂う中、何とか夕餉の時間までに帰着。もうちょっと遊びたい、というくらいで切り上げるのが我が家の流儀。また行こう、那須。

投稿者 clad : 17:15 | コメント (0)

MIXIの日記とブログを統合してみた

MIXIの日記にこのブログを使うことができるらしいと知って、やってみることにしました。今まで両方に書き分けていたので面倒だったのです。
さて、上手くいきますやら。

…と思ったら上手くいきました。皆様、今後の日記はブログに書きますが、これからもどうぞごひいきに。
※しかしこれまでにMIXIで書いた日記にはアクセスできなくなるのですね。
何より困ったのは、今までにいただいたコメントも道連れにしてしまっていることでした。事前には知らなかったとはいえ、申し訳ありません、皆様。

投稿者 clad : 14:25 | コメント (1)