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2007年11月29日
忘れてたぁ~
昨日は、都響の、会員に復帰して最初のコンサートだった…。
いきなりショック。
更に来月の予定を確認すると、なんと、妻の会社の忘年会当日ではないですか!
そう、インバルのマーラーの日です。ほとんどこの日のために会員になったようなものだったのに~。
もうね、何が何だか…。
2007年11月28日
軽い話題 その2
前々々回に続いて、文字通り軽い話題である。

これ、コンビニのスナック菓子業界(?)では、*多分*誰一人知らぬ者のない、“ばかうけ”だ。
その期間限定商品が、“カマンベールチーズ味”なのだという。
この、果たしてギャグのつもりなのか、大真面目でやってるのかイマイチ定かでないミスマッチ感が気に入り、衝動買いしてしまった。
味の方は確かにチーズの香りを感じるものの、同時購入の“チーズフォンデュ味”PRINGLESよりはるかに薄い。この控えめなところを、やや上品なイメージのあるカマンベールに結び付けたのだろう。
開発担当者「チーズ味作ってみたら、こんなんなりましたけど」
上役「ちぃっと薄味やなぁ。ほな“カマンベール味”いぅことで、東京のオシャレなOLあたりにウケそうやろ、どや? どうせ期間限定商品や、売り切っておしまいや。かまへん、これでいこ!」
いや、そんなに出来の悪い商品とは思わないが。
いずれにせよ本当にカマンベールを使用しているとは思えない。
ま、定番化はせんでしょうな。
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2007年11月27日
今日のセールス電話
昼休み、職場の電話が鳴り、私が受話器を取った。外線だった。
自分「はい、○○(会社名)でございます」
相手(若い男)「あのー、△△(会社名)というものなんですが、今日はほげほげ~なほにゃらら~のご説明でですね、かくかく~でしかじか~なマンション投資にご興味おありですか?」
自分「あ、あの、失礼ですが、誰宛におかけでしょうか?」
相手「いや~、誰宛、ってこともないんですけどね」
自分「…はあ???」
相手「ダメですかねぇ~?」
自分「…そういうお電話は、お受けできませんので。失礼致します」ガチャッ。
いろいろセールス電話も受けてはきたが、ここまで酷いのは初めてだ。
最近は景気も上向いて、この手の業界も求人難なのか。1件かけるといくらのバイトなのかな。あるいは時給だったりして。
ていうか、成功報酬じゃないのかよっ!?
投稿者 clad : 23:51 | コメント (0) | トラックバック
休養の後
気鬱により、3連休を自宅に引きこもって過ごしたのだが、まんざら悪いことばかりでもなかったようだ。
無理して出掛けなかったため、結果として風邪がほとんど抜けてくれた。喉の痛みも消え、万全とはいかないまでも、完調に近い状態だ。
逆に、これまで支えてくれた妻の体調がどうも思わしくないのが気にかかる。疲れがたまっているのは間違いなく、なんとか倒れる前に休養させてやりたいが、そうできるとしても正月休みになる。このまま年の瀬を迎えるのは避けられない。
せめて、年賀状の宛先の打ち込み作業くらいは、代役をつとめることになるだろう。
2007年11月26日
軽い話題で復活を
いろいろと落ち込むようなことが続いたので、ここらで復活を図って軽い話題を。

軽い話題だからポテチかよ、というとさにあらず(あるいは「まんまです」でも可)仕事中に腹が減ったのでコンビニに行ったら目にとまり、つい買ってしまったのだ。
以前から機能性飲料などのそれらしい効能書きには滅法弱かったのであるが、最近は単なる期間限定商品にまでもからきし弱くなった。齢を重ねてますます弱い…って、内容のみならずダジャレとしてもダメといえよう。
肝心の商品だが、“チーズフォンデュ”というのはさすがに違うだろう、という味。ホントはただのチーズ味だけど、強引に季節感出してみました、ってところか。
んなこといいつつ、気がついたら半分なくなってたわけだが(爆)。チーズ味好きだから仕方がないのだ。
(続く。たぶん)
投稿者 clad : 20:27 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月22日
合掌
突然のことで、言葉を失ってしまった。
http://homepage1.nifty.com/yurambo/
今はなき、Niftyのクラシック音楽フォーラム(FCLA)の代表的な書き手であり、オフ会で直接お話したこともある。日本には案外少ない、職人的な音楽家の中庸の美を正しく理解し、愛でることのできる人だった。初心者にもわかりやすい言葉で音楽への愛情を語っていたことも、忘れられない。
そして何よりも、FCLAから続いてMIXIでもお付き合いさせていただいていた、数少ない貴重な友人の一人だった。
同じ病で苦しんでいます、とは、ついに言えないままだったのだが。
過去形で述べなければならないとは…。
ご冥福をお祈りいたします。
2007年11月21日
改善
昨晩も早寝した結果、風邪の症状は大幅に改善した。頭の重さや、全身のだるさは当人前日比約50パーセント減。
ただし、喉の痛みは横ばいだが。
もともと呼吸器を中心に粘膜は丈夫でなく、炎症も起こしやすく治りにくい体質で、風邪を引くと高い確率で副鼻腔炎になり、そうなると確実に長引く。今回も左目の下、小鼻の脇を指で押すと痛い。すっきりするには時間がかかりそうだ。
とはいえ、粘膜の腫れ具合を示すバロメーターである唇の腫れが、既にタラコではなくなっているので、ピークは完全に過ぎたはず。
3連休には九分通りには復活なるか、というところ。
2007年11月19日
言ったそばから
というか書いたそばから、ですが。
昨日の投稿で、来訪者の皆様のご健康を祈念したら、慣れないことをしたせいか、午後から喉が痛みだし、続いてくしゃみ、微妙に寒けまでしてきた。
早めに仕事を切り上げて帰宅すると、自宅のメインブレーカーが落ちていて戻らない。
部屋ごとのブレーカーを一つずつ切って原因を絞り込み、最後に犯人を割り出した。
パソコンの電源をつないでいるテーブルタップ。パソコンの電源オン・オフと連動して周辺機器の電源を自動的にオン・オフできるのだが、つないでいた先代のパソコンがクラッシュして以来、挙動不審だった。ついに逝ったか、という感じで、すぐに見当がついたので問題解決も早かったわけだ。
とはいえ、家中の明かりが復帰すると、すぐソファーでグッタリしてしまった。
夕食に急遽レトルトのサムゲタンと、ドリンク剤を用意してくれた妻に感謝。
2007年11月18日
赤坂にて
今日は妻が職場で30分ほど用足しがあり、ついでに外食しようと家族で赤坂までドライブした。100円パーキングに駐車し、シューマンのVn協奏曲で時間をつぶしながら書いている。ツェートマイヤー盤は噂に違わぬ名演奏だ。
運転中にかかっていたブラームスもいい感じだった。最近はヒラリー・ハーンのような、イマイチ温度の上がらない演奏が流行っているようだが、89年収録のこの演奏は、淀みなく流れるものの、コクがある。ハーンが“上善如水”なら、こちらは“久保田”か、“〆張鶴”? いずれも昔の巨匠風な、どぶろく並に個性的演奏とは違う。
しかし、ここのところ一気に冷え込んでまいりましたなぁ。そろそろベランダのデンドロビュームを屋内に入れてやるタイミングを見計らう頃合いのようです。
我が家では長男が時折ハナをすすっているくらいですが、用心に越したことはありません。
皆様もどうぞ御自愛下さい。
投稿者 clad : 17:00 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月11日
一泊二日のシングル・ライフ/二日目
前の晩、張り切ってアンプ製作に取り組むつもりだったのだが、CD2枚も聴いたらすっかり眠くなってしまい、ブログへの書き込みやWeb巡回もしていたので、アンプは火を入れて眺めるだけに終わってしまった。
寝る前に何か飲みたくなって、焼酎を口に入れたら返って頭がすっきりしてきて、結局床に着いたのは1時を回っていた。最近は滅多にこの程度の夜更かしすらしないので、少しは自堕落っぽい気分を味わえてよかった(苦笑)。
で、誰にも起こされることなく、好きなだけ寝坊もできてもう最高…といくかと思ったがさにあらず。慣れない一人寝のせいか、何のせいだかわからないが、夜中に一度目が覚めたし、朝も7時半以降はうとうとするだけで、深くて心地よい眠りはもう訪れないのだった。それでも粘って9時ごろまではゴロゴロとベッドから動かなかった。
納得がいかないまま、やむなく起床。ボーっとパンを齧りながら、午前中は予定通りスーパー銭湯に行くか、シャワーで済ませてDVD観賞に時間を割くか、しばらく悩む。
仙川のスーパー銭湯は、清潔でいいのだがいかんせん混む。休日の午後以降はまさしく芋洗い状態だ。芋よりは人間らしくありたいので、午前中が狙い目なのである。
意を決してクルマで仙川へ。会社が休みの日に一度だけ行ったことがある平日午前のようにはいかなかったが、まあ許せる程度の混み具合。雨なので、レジャーに出かけるつもりだった人も幾分こちらに流れたのかもしれない。
露天風呂で身体を温め、湯船から外に出て身体を冷やす。寒くなる直前にまた湯に浸かる…これを繰り返せるのが何より露天風呂の魅力だ。温泉ならなお良いが、必須の条件ではない。
誰に気兼ねもなく、好きなだけ楽しむつもりだったが、あいにくの雨と混雑で、堪能するとまではいかなかった。屋根の下で外気にあたれるスペースは限られているのだ。それでも寝転がって一瞬意識を失ったりできたので、良しとしよう。
風呂から上がって、何か飲みたいという欲求を抑え、自宅へ取って返す。どうせビールなどは飲めないし、半端なもので済ますくらいなら、家で白ワインでも開けようというアイディアを思いついたのだ。
まだ湯上りで身体にほてりが残っていたので、ワインをベランダに持ち出し、ピザなどをパクつきながらゴキゲンにやっていたら、あっという間に半分以上空いてしまった。ちなみにBGMは歌曲で知られるスイスの作曲家シェック。Vn協奏曲よりは、Vc協奏曲のほうが好みだな。
すっかり気持ちよくなり、寝室へ直行してベッドに倒れ込む。2時間ほど寝たのか? 起きだしてようやくDVD『アッシャー家の崩壊』観賞開始。
子供が家にいると、オペラのDVDというのはまず観るチャンスがない。チャンネル争いに勝てないというより、勝ってもうるさくて観ていられないのだ。寝静まってからならいいが、最近は早い時間にこちらも眠くなってしまうので、これも難しいというわけだ。
観終わるより前に、旅行組が帰着した。DVD途中打ち切りは残念だが、朝から露天風呂~ベランダでワイン~昼寝という極楽状態がその前にあったから、これ以上を望むのは贅沢というものだろう。
家族も旅行疲れはあるものの、それぞれに十分楽しんだという顔をしていた。良かったね。
さて、またいつも通り、一週間の始まりだ。
2007年11月10日
一泊二日のシングル・ライフ
今日明日は妻子が旅行で不在である。長女の友達親子と一緒で、そちらも父親が不参加なので、遠慮した…というのは半ば口実で、羽を伸ばせる貴重な機会を得たわけだ。
そうはいっても100パーセントやりたい放題ではなくて、家族を送り出してからひと息つくと、午前中いっぱいマンションの避難訓練に参加した。今年は管理組合の理事なので、半ば強制参加だ。
午後はCDをかけながら、アンプの設計に時間を費やした。長男がいないと環境雑音が段違いに少なくなり、ダイナミックレンジの広いオーケストラものが楽しい。おかげでフロラン・シュミットを見直すことができた。
夕方にはもう一仕事、小学校の地区班の巡回パトロールをこなし、身支度して六本木方面のコンサートに出撃。オーケストラは某国営放送の盲腸オケにひどいものを聴かされて以来だから、ほぼ半年ぶりだ。
開演前に、演奏中に腹が鳴るのを予防すべくスープストックトウキョウへ。いきなりサムゲタンで舌を軽く火傷した(^_^;)。休日でリラックスしているってことさ、と心の中で負け惜しみを呟きつつ、入場。
サントリーホールは改装後初めてだが、ホワイエをいじったのかね? 肝心の大ホールの中身は、見たところどこが変わったのか不明。音響も、温かみのない取り澄ました感じがそのままだ。
スダーン指揮の東響は、一度聴いてみたかったコンビ。ようやくチャンスに恵まれたが、とてもいい印象を受けた。ハイドンの交響曲第9番はチェンバロ付き、ノンビブラートで、なかなかの力演。
イザベル・ファウストを迎えてのメンコンをはさんで後半、シューベルトのグレートがまた熱演だった。リズムにあわせて体が動き出しそうになるのを慌てて止めること数回。やはりこの曲は好きだなぁ。
ハイドン以外はビブラートも普通にかけており、解釈にも奇をてらったところはまったくないのだが、各主題の表情付けが巧みで描き分けがきっちりできており、展開部や再現部の入りが明確。どこにも無理がなく、合理的に流れていきながら、自然に感興が高まっていく。こういうのを古典的均整美というのか。オケも全体に危なげがなく、曲の途中でメンバーに笑みが浮かぶ。弾いていても楽しそうだ。こちらも十分楽しませてもらった。
この組み合わせでモーツァルトやベト7、シューマンなども聴いてみたくなった。
ノリノリの気分を保ったまま、電車を乗り継いでいくうちに、なんとなく自宅の最寄駅に降り立ってしまった。ここまで来ると食事を取るにも選択肢が少ない。ファミレスは最近行ったばかりなので嫌だし。
仕方がないので餃子の王将でニラレバ定食という、ガテン系な夕食をガッツリいく。今夜のアンプいじりに備えて体力をつけておく…というのは後付けの理由だ。野菜は摂れたが、当然カロリー過多である。出されたものはついつい残さず食べてしまうんだよね。
帰宅して、作業場にケクランの室内楽曲集のCDを持ち込み、準備は万端だ。作業を始める前に、ちょいとブログに書いてみた。さて、夜はこれからだ。
投稿者 clad : 23:07 | コメント (0) | トラックバック
2007年11月06日
子供の足は なぜクサい
日曜日の晩、5歳の長男にせがまれて絵本を読み聞かせていたところ、決して感度が高いとは言えない私の鼻がアラートを鳴らした。
臭いの記憶データベースから瞬時にその根源を察した私は、身の危険を感じ、自分で確かめずに、長男に自らの足の臭いを嗅いでみさせた。
「うわぁ、くっせ~!」彼の声は、心なしか嬉しそうな響きを伴って聞こえた。予想通り、彼にとっては新鮮な感動を覚える体験だったのだ。
自分の足がクサいと初めて認識したのは、多分小学生の頃だった。
その時はかなりショックで、以来毎晩の入浴時には熱心に足を石鹸で洗うのが習慣となった。
当時はまだ身ぎれいにしようという意識も芽生えておらず、理由は別のところにあった。
子供の社会は、弱肉強食の原理で動いている。大人の社会も根底はそうなのだが、さすがに良識ある大人には遠慮とか、弱者を守るセーフティーネットのような発想があり、社会というものが成り立っている。
子供には良識は期待できない。自然、遠慮もないし、セーフティーネットもない(強いて言えば、大人の介入がそれだ)。
子供時代の私は、少なくとも強者ではなかった。幼稚園時代から病弱で、しかも母親がそれを助長していた。がんばって通園するように子供を励ますのでなく、反対に無理せず休ませるように仕向けた。
休みがちの子供は、格好のいじめの対象になった。幼稚園では、私は強い子達のいじめから逃れるのに必死だった。
幼稚園の男児のいじめとは、ヒーローごっこなどの物語の中で常に悪役を演じることを強要され、最後に若干の肉体的苦痛を伴う戦いの末、強い子演じるヒーローに完膚なきまでに叩きのめされ、退治されるという形を取るのが常であった。これを毎日、何回も繰り返す。誇り高い幼児だった私には、苦痛以外の何ものでもなかった。
私は知恵を絞り、たとえば悪役としてヒーローに拉致されそうになると、「はっ、ここはどこだ?」などと催眠術から覚めたようなフリをし、実は善良な科学者が真の悪玉に操られていたのだという物語を即興でこしらえたりして、窮地を脱した。
親や先生に言いつけることもできたはずだが、当時の私はそういった手段は採用しなかった。子供には子供の世界があり、部外者たる大人に頼るのはその世界のルールを破るもので、卑怯なことに思われた。誇り高き幼児としては、プライドが許さなかったのだ。
毎日がその繰り返し。数日もすると幼い私は疲れきり、微熱を出す。母親はまるで自分が“病弱なわが子をかいがいしく世話する献身的な母親”像を演じられることに喜びを見出しているのではないかと思われるほど、子供を休ませることに何のためらいも見せなかった。
前置きが長くなった。
そんな子供時代を送ってきたが故、私は他人にスキを見せることを極端に恐れていた。
「足がクサい」などというのは、いじめっ子の目の前に獲物を投げ出すがごとき、付け入るスキを与えることに他ならなかった。だから、毎晩欠かさず足を洗うようになった。他に選択肢はなかったのだ。
長男はまだ5歳。保育園では4歳児クラスにいて、4月生まれのため発育も良いほうで、いじめられている様子はない。自分の足が如何に臭かろうと、それに危機感を覚えることがないのは、幸せというほかはない。
冒頭の父と息子の会話を小耳にはさんだ妻が、確認のため玄関に向かった後、長男の靴を持って戻ってきた。鼻をつまみながら。
臭うのは足が先か、靴が先か論じるのは、鶏と卵の議論と同じで意味がない。
長男はくすぐったがって抵抗するのだが、風呂で足を洗ってやる頻度を上げていくしかあるまい。靴を洗うのも同様だ。彼が自分で洗えるようになるまで、これらは続くのだ。