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2009年05月30日

【音楽と五感】CLADの場合

前回の投稿で少し触れましたが、音楽に集中する際に聴覚以外の感覚が邪魔になることがあります。
私の場合、音楽に集中すると、聴覚以外の感覚が後退することが経験的に明らかです。

生演奏でも、オーディオでの再生であっても、音楽に一定以上に集中すると、視覚が利かなくなります。眼が見えなくなるわけではありませんが、目蓋を開いていても、何も見ていません。少なくとも、視覚情報は脳には到達しないか、届いても情報処理されず、捨てられてしまうようです。
聴覚より優位なはずの視覚ですらそうですから、他の感覚は言わずもがな。

昔、上野の文化会館でC・クライバーの指揮するブラームスの交響曲を聴いていたときの感覚は、私としてもいささか異常でした。触覚がなくなって、まるで椅子に座ったままの姿勢で中空に浮かんだような錯覚に陥っただけならいつも通りでしたが(一般的には十分変かも知れないけれど)、眼を見開いて舞台上をしっかり見ようとしていたからか、視覚は単純に失われたわけではありませんでした。その代わり、視野が狭搾して、舞台の上しか見えなくなってしまったのです。

このときは、クライバーの呼吸があまりにも深かったため、それと同調しているうちに酸欠状態になり、脳内で視覚を司る部位への酸素供給が不足したのかもしれません。

懐かしい昭和女子大学人見記念講堂で、パリ管弦楽団のコンサートでドビュッシーを聴いていた際の出来事も忘れられません。
例によって視覚情報オフ、触覚情報オフ、聴覚だけ全開で聴いておりました。嗅覚は、五感の中では比較劣位に位置するため、特に音楽を聴いている間には意識することはまずないのですが、唐突にバラか何かの香水のような、華やかな匂いを感じたのです。
近くのお客さんのつけていた香水だったのかもしれません。唐突に感じたのは、あるいはたまたま誰かが暑くて扇いだときに、実体としての香水の匂いが漂ってきたという可能性もあります。ただ、その匂いを感知したのはコンサートを通じてその一瞬だけでした。果たして本当に匂いを感じたのか、それとも一種の“幻匂”ともいうべき錯覚だったのか、いまだにわかりません。


五感のうち、味覚だけはここまで触れてきませんでした。これには理由があります。
特に大好きなドビュッシーの管弦楽作品を聴いているとき、私は音楽を舌で味わうような感覚を覚えることがよくあるのです。

ドビュッシーの管弦楽法は、けなす人もいるようですが、音色の異なる楽器でのユニゾン(同じ旋律を同時に演奏する)で独特の音色を作り出し、優れた和声感覚と相まって、独創的な音が鳴ることは間違いありません。この音が、とても好みに合うのでしょう。
逆に同時代のライヴァル、ラヴェルの管弦楽法は誰でも褒めますが、私もドビュッシーにない鮮烈さは感じるものの、舌での楽しみはドビュッシーでのそれに比べると明らかに限定的で、ささやかなものです。ラヴェルの管弦楽曲は、確かに個々の楽器の音が見事に“立って”おり、見事さに感心することが多いのですが、それでも楽器の音から想像できる範囲内の音ばかりという印象で、新たな発見には乏しい気がしています(ラヴェルの音楽自体、たまに聴くにはいいのですが、しょっちゅう聞くと飽きてしまいます。あまり相性が良くないのかもしれません)。私の中での印象は、ドビュッシーは音の発明家なのに対し、ラヴェルはあくまでも職人といったところです。

ラヴェルだけでなく、他の幾多の作曲家の作品に比べて、ドビュッシーの場合だけが突出して味覚を強く刺激されるようです。また、ピアノ曲でも室内楽でもそういう感覚は覚えますが、演奏の編成が大きいほど味覚への刺激が強まるのも確かです。
ドビュッシーについては、実演か録音の再生かによらず、演奏や音響が優れていればいるほど、この作曲家独自の音色を味わう際に、聴覚の範囲をはみ出して、まさに舌で味わっています。無意識のうちに音楽に合わせて舌が動いていたことが、これまでに何度もありました。
具体的に特定の食べ物の味がするわけではありませんが、確かにドビュッシーの音響を舌が喜びをもって感じているのです。
脳科学には詳しくないのですが、あるいは聴覚と味覚を支配する脳の部位が近くて、聴覚の感じる愉悦が味覚の領域にまで影響しているのかもしれません。

こういった音楽の感じ方は、果たして他の方にもあるものなのでしょうか。“共感覚”というのは一般的には音が色としてイメージされるといいますが、それとは明らかに違います(私の場合、聴覚が優位に立つと視覚はかなり遠慮がちに引っ込んでしまいます)。とはいえ、これも一種の共感覚なのかもしれません。仮にそうだとしても、「この音はこんな味」と具体的に感じ取れないのでは、大した共感覚者ではないのでしょう。

ともあれ、上記のようなわけですから、本気で音楽を楽しもうとしているとき、ワインを口に含んだりするのはその楽しみを邪魔することになりがちなのです。私以外の人も、そういう感じかたをするのかどうかは定かではないのですが、昨日の投稿にはそういった背景があるのでありました。

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2009年05月29日

【通販メール】ワインに合わせたい音楽?

エノテカというワインショップのネット通販で、セール商品を購入したことがあり、それ以来メールが毎日配信されてくるようになりました。
毎日というのはさすがにいささかウルサイのですが、いろんな銘柄や葡萄の品種に関する薀蓄も語られていて、それなりに読める内容なので停止はしていません。

先日のメールには、ちょいとネタになることが書かれていましたので紹介します。

「クリュッグやドン・ペリニョンと肩を並べる高品質シャンパーニュ「デュヴォー」」というものです。なんでも
「オーナーの意向によりそれぞれのシャンパーニュごとに“キーワード”や“シチュエーション”、さらには“合わせたい音楽”などがイメージされて」いるそうなのです…以下に例を引いてみましょう。

■DEVAUX GRANDE RESERVE BRUT
デュヴォー・グランド・レゼルヴ・ブリュット
発泡白 750ml \5,500(税込\5,775)

デュヴォーのスタンダード・クラス。
華やかでチャーミングな味わいとキレのある口当たりで
アペリティフや魚料理にオススメです。

<Keyword> 魅惑的
< Music > ベートーヴェンのシンフォニー

■D DE DEVAUX ULTRA
デー・ド・デュヴォー・ウルトラ
発泡白 750ml \9,000(税込\9,450)

Dシリーズはリザーブワインを35%以上ブレンドして
熟成されます。ミネラル感、ナッツ、熟した果実など
豊かな香りが特徴的。

<Keyword> チャーミング、一目惚れ
< Music > J.S.バッハの「ミサ曲(口短調)」、
ドビュッシーのプレリュード

■1996 DEVAUX CUVEE D MILLESIME
デュヴォー・キュヴェ・デー・ミレジム
発泡白 750ml \14,000(税込\14,700)

瓶詰の後、最低5年間の瓶内熟成が行われます。
きめ細かい泡立ちや芳醇な香り、リッチな味わいは
特別な日におすすめ。

<Keyword> 二人で、特別なディナーに
< Music > ラヴェルのバレエ音楽「ダフニスとクロエ」、
ドビュッシーの交響詩「海」

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
ちょっとびっくりですよね。まさに突っ込みどころ満載。

まず眼がいくところでは、KeywordとMusicの関連性のなさ。ベートーヴェンのシンフォニーが「魅惑的」で、J.S.バッハの「ミサ曲(口短調)」が「チャーミング、一目惚れ」って…。
ラヴェルの「ダフニスとクロエ」や ドビュッシーの「海」が、「二人で、特別なディナー」の際に聴きたい音楽とは思えませんが?

ベートーヴェンがスタンダードクラスで、ラヴェルとドビュッシーが最高級か…というのはいくらなんでも野暮な突っ込みでしょうから控えますが、それにしても大編成の楽曲ばかりなのは、これを考えている人の好みなんでしょう。

クラシックでも、リラックスした室内楽とか、バロックの“ターフェルムジーク”などならともかく、ベートーヴェン以降の大編成の曲は、オペレッタなどは例外として、基本的にアルコールを嗜みながら聴くには全く向かないように思います。ただでさえダイナミクスの幅が大きいし、曲の構造も和声も複雑なら音色も多彩。音楽と正面から向き合わないと、失われるものが大きすぎるのではないでしょうか。
そのため、落ち着いて音楽と向き合える時間がとりにくい昨今の私は、ますます小編成の楽曲に志向が移っているのですが(※)。

そもそも、発泡性の飲み物は泡がはじける音が出ますから、音楽鑑賞のお供にはあまり適しませんしね。
そうなるといよいよ、これらのシャンパンと音楽の組み合わせは嗜好品として両立しがたく、下手をすればどちらも中途半端な味わい方に終わってしまう気がするのですが、そう考えるのは私だけでしょうか。

興味のある方は、こちらのリンク先をご覧ください。

※小編成だから音楽と向き合う必要がないという意味ではありません。ただ、小編成の音楽のほうが、それに相対したときに聴き手が必要とするエネルギーが少なくて済む場合が多い、という程度の意味です。
元気なときはもちろん集中して聴いたほうがずっといいに決まっていますが、疲れていればそれなりに聞き流すこともできます。聞き流しても、音楽の愉悦感が失われる度合いが、小編成のほうが比較的少ないように思うのです。
本当に疲れているときは、音楽を聴く気力すら湧きません。

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2009年05月26日

【子供の運動会】夏の前日

明日が娘の中学の体育祭、土曜日が息子の小学校の運動会です。
今週はまさに1学期の山場を迎えているわけです。

二人とも、ただでさえ入学後に最初の疲れが出てくるころ、それぞれ練習で体力を使うせいか、夜は家でぐったりしていることが多かったのですが、それもあと少し。
新型インフルエンザの拡がり方しだいでは、中止もありえたのですが、まずその心配もなさそうです。

入学式に合わせて新調したビデオカメラ用に、この日のために三脚と予備のバッテリーも用意しました。

ただ、上級生の父母がどのくらい当日に“入れ込んで”きているかがわかりません。学校の開門時間がどちらも7時台ということは、どちらも激しい場所取り合戦が繰り広げられるという予感がします。
そういう激しい戦いには、正直巻き込まれたくない(バーゲンセール並みに苦手です)ので、こちらは1年目の新参者でもあり、ゆっくり目に行って様子を伺い、どこか隅っこのほうにちんまりと場所を確保しつつ、来年以降の作戦を考える、そんな雲行きです。

土曜日はまだわかりませんが、明日はかなり暑そう。日焼け止めなど、それなりの準備をして行かないと。

※「夏の前日」とは、昔一世を風靡したバンド“たま”の、メンバー中で一番地味なベースの人が書いた曲のタイトルです。わりと普通の感性の人が、無理して“ヘンテコ”ぶって書いたような、ちょっとイタイところのある曲調が好きでした。

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2009年05月24日

【地産地消】謎の野菜

お米がなくなったので買い物に行った農協マインズで、ついでに仕入れた地場の野菜に、こんなのがありました。

DSC02047.JPG

どこかで見覚えのある外見だったし、2つで50円と格安だった(見切り品だったのでしょう)ので、とりあえずカゴに放り込んで買ってきてしまったわけですが、家で女房に「これなぁに?」と聞かれて、はたと困ってしまいました(^^;。
名前から画像を検索することは簡単にできるのですが、逆は結構難しい。「珍しい野菜 茎 肥大」とかなんとか検索を試しているうちに、やっと見つかりました。
コールラビ”というのだそうですが、初めて聞きました。やや甘みを強くしたブロッコリの茎といった食味でしたが、はてどこでお目にかかったのだろう…。
もしかすると、イタリアンかフレンチのレストランのディスプレイだったかもしれません。

ほかにも、アイスプラントというのも買ってきましたが、こちらは見切り品ではなかったためか、きちんと説明書きもあり、エンダイブとともにシーザーサラダにして美味しくいただきました。

投稿者 clad : 21:16 | コメント (0)

2009年05月21日

【インフルエンザ】この冬の対策を再現中…

我が家は既にこの冬、入試を控えた子供のために、インフルエンザ厳戒体制を取った経験があり、ちょうどそれを再現する形になっております。
ウイルスを通さない高機能マスクをネット通販で箱買いし、公共交通機関利用時に着用(※)。自宅では滞留時間の長い居間と寝室に「クレベリンゲル」を設置しています。
帰宅の際のうがい、手洗いの後、アルコール入りの手ピカジェルを手に擦り込むようにして殺菌を励行。あとは体力温存のために早めに就寝するよう心がけています。
子供達の運動会はどちらも今月末。なんとかそれまで、家族の発病はいうに及ばず、学校閉鎖で運動会も中止、といった事態にもならないでもらいたいものです。
梅雨入りすれば、自然とインフルエンザの流行は収まります。そこまで持ちこたえられれば…。

それまで、マスクの備蓄がもつかが心配です。入手困難な状態は続くでしょうから、補給できないことも想定しておくべきでしょう。
使い捨てが原則とはいえ、クレベリンスプレーや日光消毒したものの再利用も、検討しておく必要がありそうです。

※…マスクで完全防備にならないのは承知の上です。少しでもリスクを低減できればよしとするしかないでしょう。そもそも子供たちは通学途中は着用しても、学校内では着用できないでしょうし、私だって会社内ではずっと着けているわけにもいきません(狭い部屋にこもる会議中は、なるべく着用するようにしていますが)。学校や会社で感染者がうろついていたら、完全に防ぐのは無理です。

しかし、今回は季節性のインフルエンザ(日本でも、毎年1~2万人は亡くなっている)と同程度の危険性のウイルスだったから、これで済んでいます。
鳥インフルエンザ(H5N1)の場合は、情報によっては致死率60%とも言われます。これが人から人へ感染するように変異して日本に入ってきた場合、今のような対策では日本の人口が大きく減るということにすらなりかねません。
厚生労働省も「水際作戦」などというパフォーマンス(後で不作為を責められないための予防線でしょう。ほとんど実効のない茶番です)に精を出すよりも、真剣に対策を考えて、いざというときに国民がパニックに陥らないよう、事前に十分に周知しておいてもらいたいものです。いや、そうすべきです。
旧厚生省の行政は、調べれば調べるほど本当にひどいのですが(年金問題然り、薬害問題然り。一部の製薬会社を保護するためだかなんだか知りませんが、最先端の薬の承認を遅らせるなど。このヒブワクチンの例なんか、日本が承認した時点で未承認の国は北朝鮮と、アフリカかどこかの貧しい国くらいだけだったとか)、今回くらいは真摯に取り組まないと、本当に解体すべきという議論が起きても不思議ではありません。

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2009年05月19日

虹の架け橋

GW明け(中?)の8日に撮影したのを、すっかり忘れていました。
仕事帰りに建物の外に出たら、みんなが同じ方向を見ているので何かと思ったら、珍しく見事な虹がかかっていたのでした。
それまで数日に渡って雨が続いていたので、それを一気に振り払い、初夏の空気を運んでくれるかのような架け橋でした。

SN3B0004.JPG

ケータイからなのであまり写りは良くありませんが、ご容赦のほどを。

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感染拡大に対して

やはり水際作戦は通用しませんでしたね。潜伏期間が10日もあるんだから、当然の結果です。
パニックにはなる必要はなく、しかし軽視してもいけない。下記の記事が、とるべき対策などよくまとまっているようです。

緊急提言「弱毒性インフルエンザ」ならではの「対策」とは

「米国サイエンス誌電子版で発表された情報では、今回のウイルスの初期の患者の致死率は約0.4%とされている。これは、全世界で4000万人が亡くなった、「20世紀初頭の新型インフルエンザ」であるスペイン風邪の致死率2%の1/5だ。また、通常の季節性インフルエンザよりは高い数字である。」

「鳥インフルエンザウイルスH5N1は、全身感染を引き起こす強毒性のウイルスであり、稀に人間にも感染する。人間に感染したときの致死率は60%にも達する。数年前から、H5N1が人間に対する感染性を獲得して「次の新型インフルエンザ」になる可能性を全世界が恐れていたわけだが、今回H1N1が発生したからといって、その危険性はまったく減っていないことに注目すべきだ。」
「その意味で、今回のH1N1ウイルスで「慣れてしまう」のではなく、「いい予行演習ができた」と考えるべき。」

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2009年05月15日

がんばれニッポン

石油、石炭もういらない!? マグネシウム・エネルギー社会 東工大教授が提言

環境技術に強い日本で、また一つ次世代のエネルギー社会に対する大胆な提案が出てきました。日本人は真似ばかりしているって、いったい誰が言ったんですか? こんな独創的な構想力があるのに。
確かにマグネシウムって、昔理科の実験で激しく反応するのを見たことがありますよね。希望が持てそうな気はします。

そんな気はしますが、世界的に広めていくには、それなりの政治力が必要なのもまた事実。

「日本はなぜ“ガラパゴス化”するのか」、超ガラパゴス研究会は初回から議論が白熱

スポーツの世界でも、例えばノルディック複合で日本勢が圧倒的に強かったとき、日本に不利なようにルールが変更されましたよね。以来、見る影もなく弱体化してしまった日本勢。

日本の輸出企業が圧倒的に強かった時代、アメリカやヨーロッパの先進諸国は危機感を抱き、対抗策を考えました。

欧州が選んだのは、小国が多い分、国代表の数が多いという点を活かした、標準化戦略でした。“ISOなんちゃら”というのを振りかざして、日本のビジネスを規制しようとしました。個人的には、地球温暖化問題というのも、これの延長線上にあるものと考えています。

一方でアメリカは、IT社会を推し進めるという戦略を選びました。標準化は後回しにして、デファクトスタンダード・業界標準を握ってしまう。英語という“言語のデファクトスタンダード”もその根底にあります。Windowsみたいに、一度圧倒的なシェアを握ってしまえば、しばらくは安泰です。その間に、インターネットとか検索エンジンとか、次のネタを仕込んでいく。こちらも競争のルールを変えたわけです。

個々の技術開発力には優れている日本ですが、こういった国際戦略にはあまりにも弱い。その結果が“ガラパゴス化”で、携帯電話などは結果としてメーカーの体力も、他国の強豪たちと比べて見劣りする状態にまで落ちぶれています。
“超ガラパゴス研究会”も、果たしてどの程度戦略的な提案が出来るのかわかりませんが、試みとしては期待せざるを得ません。

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2009年05月14日

巨大製薬メーカーの暗部

日本でも、普通の記事だと思って読んでいるうちに変だと気づき、ページの片隅に「広告」と書かれていて納得、といったことは、特に雑誌では良くあることです。また、“タイアップ記事”という、一般記事という体裁をとりながらも、スポンサーの意思が入りまくりというもっと厄介なものもあります。

しかし、ここまでの事例はさすがに記憶にありません。

嘘を嘘と見抜ける人でないと学術専門誌を読むのは難しい? 米科学雑誌が警告

「学術専門出版社のエルゼビア社が出版している「Australasian Journal of Bone and Joint Medicine」という雑誌(ジャーナル)は一見するとエルゼビア社が出版している他の学術専門誌と同じ査読付きの論文雑誌のように思えるかもしれないが、実は、この雑誌は、医薬品大手のメルクによる宣伝目的の小雑誌に他ならず、掲載論文は査読は行われることなしに、メルクに都合の良い記事ばかりが掲載されていることが判った」

欧米の医薬品大手企業には、個人的にかなりダーティなイメージを持っています。
特許を盾にHIVなどの治療薬に高額な値をつけるため、貧しい国の患者に薬が行き渡らない…この程度なら、まだ“ビジネスとしてやむを得ない面もある”ともいえます。会社は慈善事業をしているわけではないのだから。

臨床試験で都合の悪いデータを隠したりすることさえ、まだ序の口です。
例えば今回の新型インフルエンザについても、疑惑の目で見るべき点は少なくありません。

ラムズフェルド氏とタミフルを巡る巨額の利権説

今回のインフルエンザは、タミフルが効くのですよね。都合のいいことに。
米下院議員で医師のロン·ポール氏は、1976年に米国で豚インフルエンザが発生して大騒動になった時のことを思い出したそうです。

Ron Paul, MD, on the Swine Flu Scare

以下、“田中宇の国際ニュース解説”より。

「米政府は大騒ぎして4000万人にインフルエンザのワクチンを予防接種したが、実際にはインフルエンザでは一人しか死亡しなかった半面、ワクチンの副作用(末梢神経が冒されるギラン·バレー症候群)によって30人(一説には52人)が死亡してしまった。当時、まだ新人の国会議員だったポールは、政府のワクチン接種政策に反対した2人の下院議員の一人だったが、当時を振り返って「あれは全くの金の無駄遣いだった」と話している。
1976年当時、国防長官は史上最年少で就任したドナルド·ラムズフェルド(ブッシュ政権で史上最高齢で国防長官を再任)だった。ラムズフェルドは製薬会社との関係が深く、そのためか、豚インフルエンザの感染が問題になった後、国防総省の主導で、全米でワクチンの予防接種をする動きが起きた。そもそも当時、豚インフルエンザが最初に発症したのは米ニュージャージー州の米陸軍基地内で、新兵が集団で発病したところから感染が始まっている。」

ここでもラムズフェルド。もう、分かりやす過ぎませんか。しかも、76年のときは「米陸軍基地内で、新兵が集団で発病した」のが事の始まり。いわゆるマッチポンプというやつでしょう、普通に考えて。軍の基地になぜ豚がいるのか。そこから人にインフルエンザが感染して爆発的に広がる、なんて都合が良すぎます。
医薬品大手企業は、生物·化学兵器開発というところで、軍と結びつきやすい軍需産業の側面もあるわけです。立派な“軍産複合体”の一員、資本規模から見たらむしろ主要メンバーなのですね。

ちなみに、佐藤優氏があるラジオ番組で語っていたのですが、ロシアが秋からの新型インフルエンザ流行に備えて、ワクチンを備蓄することを発表したそうです(佐藤氏ご本人がすでに、底の浅さがほとんど露呈しつつある、というのはこの際、ちょっと脇に置いておくとして…評論家としてはいささかイロモノ気味とはいえ、こういうことでは流石に嘘はつかないでしょう)。
なぜ、今から“秋に備える”のか。
日本にも“秋が危ない”という声があります。日本の場合は“秋には再び空気が乾燥するから感染が増えそう”という理屈は通ります。しかし、ロシアでは?

まあ少なくとも、「新型なんて大したことなかったね」と高をくくって、次回の対策がおろそかになる“オオカミ少年効果”だけは、発生しないように注意しなければなりません。


少々脱線が過ぎました。冒頭のtechnobahn.comの記事に戻りましょう。

「このような一見、学術専門誌を装った宣伝雑誌の存在は新薬開発を巡って巨額のマネーが絡む臨床医学の分野ではそれほど珍しいものではない」

…勘弁してください。

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2009年05月12日

クローン動物への自然な進化

…こんなタイトルだと、SFか何かだと思われるかもしれませんが、どうやら自然は人間の想像力を超えるという新たな例が見つかったようなのです。

オスの存在しないアリを発見

「新たに発表された研究によると、このアリは全個体がメスであり、いかなる交尾も行われることなく繁栄を続けているという。進化の過程で、繁殖の手段は女王アリによるクローン生成だけになったようである。」

それってアリなのか?!(…すいません)
何かの偶然で、このアリに致命的な影響を与える病気が蔓延したりしても、何の抵抗も出来ずに絶滅することになります。そういったリスクを犯してまで、有性生殖による適者生存の優位性を捨てるにいたったのって、一体何が原因だったのでしょう。

ソメイヨシノが自力では子孫を残せず、接木によるクローンのみで増殖しているのは知られていますが、もちろん人間の手による改良の結果です。

人為的なものでなく、純粋に自然発生したクローンによる種の繁栄って、もしかするとこれが初めてかもしれません。
まだまだ自然には未知の部分が限りなく残されていますね。

ところで、今回の事実をもって人為的なクローン技術に対する考え方を見直すことができるでしょうか。
クローンは自然発生もするくらいだから、特別視せずに技術開発と利用を促進すべきか。
まだまだ人知の遠く及ばない自然への畏敬の念を新たにし、より慎重に取り組むべきか。
個人的な見解は、保留としておきます。この結論は、急ぐべきではない。

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2009年05月06日

雨乞いではなかったのに

大山のことは事前に良く調べずに行ったため、古くから信仰の対象だったことは知っていたものの、「大山講」の意味は帰宅してから調べて知りました。「阿夫利神社」の名前から、もしやとは思っていましたが。
「大山は雨降山(あふりやま)とも呼ばれ、雨乞いに霊験のある山として、昔から農民の間に関心が寄せられていた。」
関東の各地に「大山道」が点在して残っているのですね、今でも。

今回、そういった白装束の参詣者たちには出会いませんでしたが、季節によっては今でも見られるのかもしれません。

泊まった宿はかなり年季の入った建物でしたが、清潔で、居心地のいいところでした。欄間に透かし彫りが施されていたりして、大山講の人たちも泊まっていたのでしょう、歴史の古さを随所に感じました。
料理は名物の豆腐を中心に山菜、川魚など、料理自慢の宿というだけあって、十分に楽しめました。
ただ、このあたりの地酒は、確かに水はいいのでしょうけど、それにしてもすっきり端麗すぎ。もう少しコクがあると良かったのになぁ。

翌日は天気が回復するという予報だったのですが、残念ながら外れ。
ケーブルカーで阿夫利神社の下社に参拝し、少しだけあたりを散策してすぐに引き返しました。雨は一時的にやんでいたものの、標高が高いせいか寒くて。
DSC02016.JPG
惜しかったのは、本殿の下に湧き出る名水を、汲んでこなかったことです。子供が飲みかけのカルピスウォーターのペットボトルを持っていたのですが、帰りのケーブルカーに乗ってから思い出しても後の祭り。確かにおいしい水でした。もっと存分に味わってくればよかった。
DSC020211.JPG

見事な紅葉の中を走るケーブルカーのポスターが駅に貼ってありましたが、そこかしこに立派な枝振りのモミジの木があり、さぞかし秋には見事なことだろうと話しながら参道を歩いてきました。
雨で子供たちの大好きな釣堀に行くのも諦めたので、秋にはまた来ようということにして、早めに帰宅しました。急行で1時間程度で行けるんですから、なんたって近い。いくらでも行く機会はあるでしょう(そう思うと、案外足が遠ざかったりするものですが…)。

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2009年05月05日

今日の製作進捗

シールド線の長さを測って切り、被覆を剥きました。

以上。

(^^;;

明日から大山(山陰ではありません。神奈川です)に出かけます。ほとんど一年半ぶりの泊りがけ家族旅行。それにしても近場ですが。。。

進捗も、またしばらくお預けか。

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2009年05月03日

ある初夏の食卓

写真は、下段左がカレーピラフ、右が蕪やエリンギなどの野菜のスープ。
上段右が焼き筍、中央が蒸し鶏とキャベツと生マッシュルームのサラダにパクチーを添えたもの。筍もパクチーも地元狛江産だし、蒸し鶏は自家製。
で、左はうれしくなって空けたミュスカデ。いつもならフルボトルは半分くらい残るのに、今宵は8割がた空いてしまいました。
…今日もアンプの製作は進展なしかな(笑)。

DSC02013.JPG

狛江産の筍は、つい先日も若竹煮にしました。そのときは先端を生で少し齧ってみましたが、さすがにエグ味があったものの、春の香りが口いっぱいに広がりました。

写っているほかに、冷奴も胡麻油と塩胡椒で頂きました。焼き筍を醤油で頂いたので、味を変えたわけです。これもお奨めですよ。

昨年は春先に山菜を農協マインズで買って食べたものですが、今年は新入学生を二人抱えてそれどころではなく、気付いたら山菜の季節を逃していました。唯一間に合ったのが筍という次第。

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