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2009年12月21日
【トラウマ】失われざる記憶
昨晩、床に就いてから、しばらく考え事をしていました。どういう流れだったか忘れてしまいましたが、自分の幼年期に母親に仕向けられて受けた習い事の数々を、改めて思い起こしていました。
幼稚園時代のピアノ。小学校に上がって運動が苦手らしいとわかると体操。泳ぎが不得意と聞くと水泳…いずれもスパルタ式でした。
体操も水泳も、スパルタで有名な教室に通わされました。もちろん嫌でたまりませんでした。
それなりの年数を通ったはずですが、特に水泳には今だに苦手意識があります。教育としては失敗ですね。母親は軍人の家に育ち、学徒動員で戦闘機の工場で働いた戦中派です。スパルタ好きだったのかもしれません。
ピアノは歳の離れた音大出の従姉に習っていたのですが、これがまた厳しい教育でした。『のだめ・カンタービレ』で主人公が幼い頃、厳しいピアノ教師に拒否反応を示す場面がありましたが、観ていて胸に刺さる思いがしました。
運動と違って、ピアノは好きになりましたが、それは習うのをやめて何年も経ってから、改めて音楽の美しさに惹かれたためです。既に小学校の高学年になっていました。
それでもピアノと譜面への恐怖感はなかなか払拭できませんでした。音楽を心から愛しているのに、ピアノと譜面に触れると緊張して取り乱して何もできなくなってしまうという、悲しい状況が続きました。
自分としても不本意だったので、なんとか打開すべく、大学生の時に再びピアノを、それも同じ従姉に習うことにしました。その方がトラウマに直接向き合えるという思いもありました。
従姉は既に結婚して二人の子供もおり、以前とは全く違った穏やかなやり方で教えてくれました。無理してメカニックを練習しても大人には限界があるという諦めだけでなく、幼児期に私に厳しくしすぎて拒否反応を招いたことへの反省もあるようでした。
就職して地理的に通えなくなり、2年ほどでピアノの手習いは終わり、以来20年超が経過しました。今ではもうほとんど弾けません。
ピアノに向かっても、多少血圧や脈拍が上昇する気がしますが、怖気づくようなことはなくなりました。
ただ、譜面に関しては、もう少し症状が重かったのでした。
今でもなお、五線譜を前にすると、少しでも気を抜くと目が宙をさまよいます。正視することを無意識に避けるのです。
どうしてだろうと、以前から不思議でしたが、昨晩いきなり、幼児期のピアノの練習風景が脳裏に蘇りました。
先生(従姉)が、和音の書かれたカードを何枚か手に持っています。一枚を私の目の前に差し出し「これを弾いて!」と命じるのです。私はびくっとしながら、鍵盤を押します。
「違う! これは?!」別のカード。私はますます混乱して、適当なキーを押してしまいます。
「ぜんぜん違う! これはこうでしょ!!」彼女は自分で正しいキーを叩いたか、私の指をキーに押し付けたかはわかりません。痛みの感覚はぼんやりとして残っていません。見たことと聞いたことが再生されるだけでした。
とにかく私はパニックに陥り、頭の中が真っ白で、五線譜などとっくに目に入っていませんでした。
そこで記憶はぷつりと途切れ、また最初から再生が開始されました。従姉の掌中のカードから…。
昨晩、布団の中でこの光景を思い出すと、一気に動悸が激しくなり、眩暈がし、気分が悪くて眠るどころではなくなってしまいました。これは想像ではなく、現実にあったこと、意識の奥底に封印された記憶の断片だったのです。
幼い私にはとても嫌な、忘れてしまいたい想い出だったに違いありません。ただ、記憶というのは忘れたと思っても、単にアクセスする方法というか道筋を失うだけで、脳の記憶中枢からは消えていないという説があります。
昨晩、私は偶然にも、封印したと思っていた記憶の扉を開いてしまったようです。
今はもう落ち着いて記憶の内容を振り返ることが出来るので、こうして文章にすることも可能になりました。
いずれにしても、自分の「譜面アレルギー」の原因らしきものが見えたということを、前向きに捉えたいと思います。音楽好きである以上、このアレルギーは克服、あるいはそこまでいかなくとも、少なくとも上手に付き合えるような折り合いの付け方を、身につけておきたいのです。
そのほうが、多少なりとも音楽と自然に、楽に関わっていけると思うから。
ちっぽけですが、私にとっては重要な目標が、また一つ加わりました。
投稿者 clad : 11:56 | コメント (2) | トラックバック
2009年12月06日
【動画】うなりを上げるベルリン・フィル
最近すっかりTwitterにはまってしまい、ブログの更新がおろそかになっております。
もともと、長文で書かなければならないようなネタもそんなにしょっちゅうあるわけではなく、まあブログタイトルの趣旨に沿っているといえなくもないのですが(笑)。
そんなTwitterで流れていた情報から、評判の動画をご紹介。
ショスタコーヴィチの第4交響曲の、例の高速フーガが完璧に演奏されています。凄いの一言。
ほかにもいろいろとサンプラー的に動画が掲載されています。まだ全部は見切れていないので、これからゆっくり愉しませてもらいます。
こちらはドビュッシーの『海』。この曲には微妙に版の問題があるのですが、アバドの選んだものは珍しい。音盤では、これと同じ処理をしているのは私の知る限りパレー指揮デトロイト響の古い録音くらいです。
下のゲルギエフの演奏は、一番一般的なものです。違いは7分45秒~8分20秒あたり。
閑話休題。
このようにブランドとして強力な演奏家が積極的にネットを活用してマーケティングを始めると、中途半端な演奏家は苦しい立場に追い込まれるでしょうね。
このクラスになると、もはや巨大レコード会社とのコラボレーションも必要ではない。独自のルートで自主制作の音源を販売すればいいわけです。
一方で地域密着でやっていける演奏家は、それはそれでいいのですが、どっちつかずの人たちが一番困るでしょう。フランス・ロシア・チェコなど、お国モノだけでもそれなりにレパートリーがあるのなら、そこを勝負の土俵にすることができますが、たとえば日本のオケなんかはそれも難しい。
それでも日本はまだ国内マーケットが大きかったから、何とかなってきました。これから少子高齢化の影響が出てきて、マーケットは確実に縮小していきます。
今から(本当はもっと早くから)音楽を根付かせる活動を地道に続けていかないと、例えばオケだって既存の半数くらいになってしまうかもしれません。ローカルな音楽マーケットだけで活動していけるのは。